iPhone 衝撃のビジネスモデル

iPhone 衝撃のビジネスモデル (光文社新書 302)(Amazon)

タイトルに大々的にiPhoneとあるのだが、実際にはiPhoneについての紹介記事などはあまり多くなく、iPhoneがどうこう。というよりも、これまでのインターネットの進化と、iPhoneの登場で起こりうる変化やケータイとPCを比較したときのケータイの特性について書かれている。

iPhoneについて知りたい人向けではないが、Web2.0時代にケータイがどういう存在でどういう可能性があるか。という事を知るにはいいかも。

以下、本の中から気になった内容をいくつか紹介。

一昔前のスーパーコンピュータ並みの機能が、ポケットに入れられるサイズにまでダウンサイジングされた今、誰もが潜在的に大きな情報処理能力を持っている。だが、それを使いこなすためにはリテラシが必要で、ほとんどのユーザは情報機器の持つ計算能力そのものに働きかける技術を持っていない。また、その必要もない。
潜在的な計算能力のすべてを使いこなすのは、それを飯のタネにしている専門化がギークで十分である。(P.26)

必要な情報を必要な時に取り出せる事が重要なのであって、無駄な機能やスペックは大多数のユーザーにとっては価値が無いし、機器を複雑にしてしまうという点は、インターフェイス設計において重要だよなぁ…。
そういえば、かつてジョブズが何かのマシン(何だか忘れた)を設計した時に、ファンクションキーは美しくないだがインターフェイス的にイケてないだとか言う理由で、キーボード上に配置しなかったというような文章を読んだ記憶がある。けどソースが出てこないのでちょっと曖昧。

つまり直接人間と対話するデバイスをフェデレート端末だけにしてしまうのだ(図1-6)。その他の情報機器は、フェデレート端末によって制御される。こうすれば、マニュアルと首引きになるのも、使い方を練習するのも、パスワードを覚えるのも、フェデレート端末に対してだけの作業になる。(P.32)

『フェデレート端末』という言葉は初耳だった。
多様化する人間と情報デバイスとのインターフェイスの問題を解決する問題として、インターフェイスを集約する、『フェデレート端末』による解決方法をあげている。
ケータイがフェデレート端末になれるか?というと、接触時間が長い、常に携帯しているという点では他の情報デバイスに圧倒的なメリットがあるが、ケータイがフェデレート端末になるにはまだまだ解決すべき問題は多く残っていて、特にケータイ上の操作そのものがメーカー毎・キャリア毎に統一されていないので、機種を変えたりするたびにユーザーが操作を覚えなおさなければならいというコストが大きいのでは。

テンキーは電話として正しいインターフェースである。携帯電話を電話として捉えたとき、そのインターフェースがテンキーであることに何の不都合もない。
しかし、携帯電話が携帯ネットワーク端末としての性格を強め、電話が複数あるサービスの一つに過ぎなくなる現状では、このインターフェースは明らかに不適切である。(P.80より)

『ケータイで要らない機能』
という調査を行なうと大抵上位に来るのが『通話』機能。

なんて結果がよく出ているので納得。
携帯電話というよりかは通信機能がついたPDAと言った方が適切なEM・ONEについては一般的な音声通話機能が搭載されておらず、ケータイによくあるようなテンキーは無い。

このエントリを書きながら調べているうちに、以下のような書評をネットで発見。

本書の中で、筆者はiPhoneの可能性を「こんなことができる。こういう使い方も考えられる。」といろいろ書いているのですが、それらはすべてiPhoneでなくても既存のSmartPhone(Palm機やWM機)でも実現できるものばかりです。
携帯電話はフェデレート端末になりえるか?
(Dream Seed PDAとか写真とか仕事とかその他もろもろな日記)

という箇所に強く同感。
基本的にはタッチパネルに対応していて、自由なソフト開発が行なえる環境があれば実現できる事なんでは…。とツッコミが出来る気もする。
そういった点も踏まえて、この方も仰っているように、タイトルを変えておけばしっくり来るんでは…。

iPhone 衝撃のビジネスモデル (光文社新書 302)(Amazon)

◆関連リンク
携帯電話はフェデレート端末になりえるか?
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