『英語が上達すること』をPCに例えると『キーボードの入力が早くなること』に近いんじゃ無いかと思う

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フィリピンにある語学学校サウスピーク(公式Web)で英語の勉強をしながら考えたこと。

『英語が上達すること』は、コンピュータにおけるスキルに例えると『キーボードの入力が早くなること』に近いんじゃ無いかと思う。

と言うのも、『英語が得意なことそのもの』自体にはそれほど価値があるようには思っていないし、数億人単位で使用者がいる言語が扱えるようになっても、それ自体がスキルとしては決して特殊なものにはなり得ず、仮に英語が不自由無く使える状態に到達したとしても、英語が不自由無く扱えること『そのもの』にはあまり価値があるとは思わない。

一方で、情報量の豊富な英語圏の情報を扱えるようになることで、使い方次第ではかなり大きな価値のあるスキルになり得ることは間違い無く『英語が上達すること』のスキルそのものの価値を否定しているわけでは決して無い。

『英語が上達すること』をPCにおける『キーボードの入力が早くなること』に例えたのは、

・『キーボードの入力が早いこと』そのものの価値は決して高く無い。
・PCを扱う上でキーボードの入力が早いと、各種操作の効率が圧倒的に改善されるため、結果的に『キーボードの入力が早くなること』によって生まれる価値を大きくすることは可能。
・練習次第で、だれでも一定の水準までは上達できる。

という点が、英語の上達に近いのではと考えたため。

個人的に気をつけたいなと思っているのは、一定の水準まで英語が上達した結果、第二言語として英語が『一定の水準』で理解できるようになったとしても、英語を母国語とするネイティブスピーカーの理解力にはほど遠い。

というのは残念ながら事実で、一定の水準まで英語が上達したとしても、それ単体では大きな価値を生み出すことは出来ず、英語 + 他の何かを組み合わせて価値を生み出すことができなければ、ただの『第二言語として英語がそれなりに理解できる人』になってしまうので、英語以外にも『他の何か』のスキルを磨き続ける必要がある。ということ。

具体的なイメージとしては、自分が得意とする分野を説明する場合には、英語をネイティブに扱える人間よりも詳しく説明ができる。というような状態をイメージしていて、少なくとも自分が得意とするジャンルについては『ネイティブに英語を扱っている一般人』よりも詳しい説明ができるようにならないと『英語ができること』によって付加価値が生まれる状態とは言えないように思う。

何を言いたいかと言うと、今現在語学留学をしている真っ最中で、日々英語の勉強を中心とした生活を送っているけれど『英語が上達することそのもの』による価値を過大評価することなく、英語 × 英語以外の何かの組み合わせによって生み出せる価値を最大化することを心がけたいなというお話。